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石垣島に移住して4年目のToshiさんです。

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船内生活4週間のこの頃

屋上デッキより望む

 その①6月15-16日ベトナム・ダナン その②6月19日シンガポール その③6月25日インド・コーチンへと3回上陸しました。6月9日横浜港を出航してはや4週間の洋上生活が過ぎようとしています。ブログへの書き込みが気になっていましたが、衛星回線の関係で時間がかかりすぎて、15分500円の使用料は、とてもとても頻繁に向き合えるものではありません。また毎日のように開催されるイベントに参加し、撮った写真やボイスレコードの内容をメモリーに保存するだけで、多くの時間を費やしています。 船内での健康状態はすこぶる元気にしております。最初の一週間は1日3回の食事をしていましたが、2週間目からヨーグルトを軸にした軽食にしています。インド洋では水平線が上下にアップ・ダウンするので立ち止まっているのが困難な時もあります。インドを出発してアラビア海では波の状態が白く波立ち、白いシャークの大群、白クジラの大群が押し寄せて、暴れまくっている日々が数日続きました。テーブルの食器が落下したり、通路をまっすぐ歩けない日が続きました。幸いにも船酔いすることも無く、美味しい泡盛に酔わされています。しかし個人差にて風邪を引いたり、船酔いする人がたくさん居るようです。ウェルカムパーティー船長以下クルーたち

 最初のウェルカムパーテイでは船長以下幹部クルーが勢ぞろいしました。船内の過ごし方は、①GETの英語とスペイン語の受講(GETとはグローバル・イングリッシュ・トレイニングの略)②船内ビデオ映像チームへの参加-6月28日開催の運動会に向けたCMの取材と撮影、編集作業など。これは定期的に船内テレビで放映されます。③船内新聞「言ノ葉」-「ことのは」と読むは、5と8にかけて58回航海を意味しています。毎日発行され翌日の各種イベントのタイムスケジュールがかかれます。④寄港地ごとに著名な人々が乗船して「水先案内人」として、船内にて講演会やもようしものが盛りだくさん開催されます。彼らのお手伝いをするメンバーが「水先案内人パートナー」として募集されます。看板書き、会場整備、飾りつけ、会場案内、物品販売などヘルプ活動がたくさんあります。現在私は、世界のマジシャン柳田昌宏・ミューさん、映画「A」「A2」で知られる森達也監督の「水パ」活動を行っています。間もなく7月アラブ圏のイェメンへの上陸が迫っています。GET先生の勢ぞろい

ファッションショゥ-中国衣装で登場

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いざ!横浜港から出航-盛大な壮行会感謝します

20070618200043.jpg


横浜中華街にて盛大なる壮行会に集まった仲間たち。そのつながりは
①ダイビング ②スポーツジム ③英会話 ④家族 と二人の旅人を送り出すために集まってくれた。三ヶ月の長い期間の旅の安全と健康をいのってくれた。

20070618195803.jpg


とりあえず第一回目のブログ添付となりますが、六月九日出航して、神戸ーベトナムー明日の19日はシンガポール上陸となっています。
この間インターネットが故障中となり、電話回線もつながらなかった。
本日18日にやっと回復となりましたが、船からのインターネット利用はとても遅く、使いかっても不慣れのため、とても遅れています。
船での生活は、四人部屋の狭さはあるものの、船上プログラムが沢山あって楽しい日々を過ごすことが出来ています。というよりとても一日が短い感じをしています。
少しづつですが、寄港地での体験・船上の体験を報告していきたいです。

いよいよ出航まであと3日

6月1日に東京へ出てきた。今回の上京は一週間で島に戻る滞在ではなく、103日間の船旅を初体験するための滞在だ。
親戚や友人たちとの飲み会は、通常と同じ。変わり種を紹介します。
 ①石垣島滞在3年熱研の早野みっちゃんが、昨年島を離れて筑波の
本所に勤務中。メールにて上京を伝えたら、島の人を紹介するとのことで、2日西武新宿線田無まで出かけた。迎えに来た人は、石垣島大浜の下野栄三さんという方であった。3人の娘さんがそれぞれ東京へ嫁ぎ、孫たちも次々と産まれている。運動会シーズンとなると孫たちの運動会巡りにて上京するとのこと。優しい顔つきのおじーで私より3歳先輩の寅年生まれとのこと。ゆんたくにて意気投合・・・島での再会を約束した。
みっちゃんの島での交流人脈の多さにまたもや感心させられた。
 ②6日夜のこと、子たちの住む清瀬の寿司屋での話。店は1組の夫婦がカウンターにて飲みながら、巨人VSロッテの野球中継を見ていた。巨人がエラーにて失点したとき、「またか!」と舌打ちしていたので、多分巨人ファンだと感じた。隣に座っているご主人の顔を何となく見るまでもなく、カウンター上の泡盛「瑞泉」のボトルに気がついた。「泡盛好きなんですか?」と訪ねると沖縄出身だと・・・私も移住して今沖縄に住んでいると話す。「沖縄はどこか?」と続く。石垣島で大川ですと答えると・・・「こちらは石垣島の平得だ」にビックリしながらお名前は?と聞いたところ「佐久川」と返ってきた。「佐久川さんですか、私は陸上競技会会長の勲さんを知っている」と話すと、「従兄弟で親戚だ」との返事。いやはやなんと日本が狭いのか、沖縄出身者が多いのか、巡り合わせの不思議さを感じたひとときでした。こちらの佐久川さんは、東京に移住して30年以上も立っているとか。早速石垣の勲さん宅に電話して、「東京清瀬にて珍しい人にあった」と紹介。もちろん電話の相手は5月末に島であったばかり・・・

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