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石垣島に移住して4年目のToshiさんです。

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ノルウエイのフィヨルド満喫の旅

フィヨルドの景色

フィヨルドの景色

大きな大河と雪山の風景ですが、水面は海抜0メートルの海なのです。
水はショッパかったですが、山間部が海と言われても信じられないです。だからフィヨルドという名称があるのだと思いました。氷河が何万年も掛けて大地を削り、そこに海水が入り込んだ大自然の織り成す不思議を肌で感じました。

ハダンゲンフィヨルドの風景


ホテルと山並み

昼食のホテルと山並み

ホテルの昼食 分厚い鮭と地ビール

分厚い鮭とビールを味わいました。

民家裏の滝

民家の裏山から流れる滝

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カナダ ヴァンクーバより

カナダに来ました。8.24より9.2まで滞在しています。宿泊はホームステイにて、イエメン、サウジアラビア、メキヒコの学生たちと生活してます。彼らと同じスクールにて英語の学習にチャレンジしています。クラスでは、ピースボートで旅するわれわれに多くの質問が寄せられています。
この便りは、学校のインターネトから送ることが出来ました。

また明日書きます。

最近の現在位置はどこか

8月24日現在の場所は、中米最後の国グアテマラに来ています。あと1ヶ月の船旅となっています。 私は本日下船して空路バンクーバーへ向かいます。英語の10日間ホームスティに参加するためです。
暫くブログもお休みですが、元気に過ごしています。

ハダンゲンフィヨルドの風景

コペンハーゲン自由行動

リズムに合わせて踊りだす幼女

川岸の道路には、レストランのテーブルが出され多数のお客が飲食を楽しんでいた。そこにフリーのギター引きが現れ、お客はその曲を楽しむ風景がありました。そばにいた幼児がいつの間にか曲に合わせて身体を動かしていました。


運河の観光船

路上レストランの前には運河があり、観光船が往復していました。


人魚姫に初対面

コペンハーゲンのアイドル人魚姫が、トパーズ号入港のすぐそばにありました。自由行動最終の徒歩コースにありました。夕日が傾き始め逆光となりました。

コペンハーゲンにて写真の説明

前回写真のみの送信でしたので、写真の説明を加えます。
① 環境教育の意義について説明を受けました。特に実体験をしてもらうことで、牛や鹿の実物解剖なども見せて、肉はこうして自分達の口に入ることを教育の一つに盛り込んでいます。父兄の賛否もあり事前に問い合わせするそうですが、賛成の輪が広がっているそうです。
② 樹木の上で遊ぶ子ども達。この施設への出入りは自由で、学校の野外授業、家庭の家族連れ、一般の方々が利用するとの事。
③ 牛の教育室では、牛の全身体の部門を説明した模型がありました。牛の骨の硬さを体験する少年。のこぎりでゴシゴシ切っていました。
④ 小牛の口の中に手を入れて子ども達に見せていました。歯がないので噛まれる恐れはありません。
⑤ 興味深かそうに子ども達は注目していました。
⑥ 自由行動にて、あるみやげ店にマスコットがありました。

デンマーク・コペンハーゲンに寄港 沖にある風力発電風車

コペンハーゲンの港から見える風力発電風車

ビーチにて説明を聞く参加者

人工ビーチにて説明を受ける参加者たち
人工ビーチの案内板

人工ビーチの各エリアが細かく示されていた。
人工ビーチ沖の風力発電用風車

ここのビーチ沖にも風力発電用風車が並んで見えた。
ビーチにてモデルの撮影に出会う

たまたま説明を受けたビーチにて、コマーシャル向けと思われる写真撮影が行われていました。

環境教育のフィールドにて-木炭の林

樹木を燃やして焦げ目をつけた木々で作った林

ノラの方舟があった

ノラ方舟を思わせる船の模型が設置されていました。

方舟にて説明を聞く参加者

方舟の中で、環境と教育について遊びながら知ってもらうプログラムが組まれているとの事でした。

草原の雄シカを発見

角の大きな鹿が放牧されているとの事で、フィールドを探しに歩きました。かなり遠くに現れました。

路上のカタツムリ

路上のカタツムリがいました。

環境教育の意義について講義を聴く


樹木の上で遊ぶ子ども達


牛の骨を切る少年


小牛の口の中に手を入れて子どもに見せる


興味ぶかそうに注目する子たち


土産店のアイドル

デンマーク・コペンハーゲンの港に寄港

7月25日デンマークのコペンハーゲンに入港しました。この地では環境保護団体を訪ねて、現地の環境保護・環境教育の現状を学び、ビーチや公園風のフィールドを尋ねました。

アムステルダム駅周辺にて

アムステルダム駅周辺の写真を送ります。
船旅は本日8月23日現在、中米最後の国グアテマラに寄港しています。私は明日からカナダバンクーバーにて、10日間の英語ホームステイのため空路にて出かけます。あと1ヶ月となりました。

アムステルダム駅前を走る市電トラム

駅前を走る市電トラム

駅前交差点から寺院を望む

駅前の交差点から寺院を望む

アムステルダム駅のホームから

駅はノー改札にて、自由にホームに立つことが出来た。ホームと列車と信号機と線路そして乗客 様々な景色は日本の鉄道を思い出させてくれました

風車村の小人キャラクター

風車村の土産店で写した小人の人形です

アムステルダムの風車村 

一枚の絵から写真にしました

一枚の風車の絵から、カメラに収めました。

風車村の水辺の風車

風車村は観光用に水辺の側に保存されていました。
現在はそれぞれの風車が、別々の仕事に利用されているとのこと。

大きな風車小屋へその力は

風車に近づくと、4枚の羽の大きさが分かりました。数メートルの長さがあります。

数トンの石臼が回転しています

風車小屋では数トンの石臼がぐるぐると回っていました。迫力がありました。顔料の基になる石を砕いて細かくしているそうです。自然の力を仕事に利用していた時代があったのです。

木靴を彫る機械 その②

お洒落な木靴


木靴工房にて ①

木靴工房も同じ敷地内にありました。靴大の樹木の塊から、スペアキイを作るように、ほんの数分で見事に木靴が削られました。
高級品から、お土産グッズまで色々な作品が展示されていました。

7月23日オランダ・アムステルダムを訪ねる

7.23海面より低い国、オランダを訪問。排水のため活躍したオランダ名物の風車村をツァーしました。

街のポスター I amsterdam

街のポスターに面白い物を発見、アムステルダムの地名に I の文字をつけて、アイムステルダムと読ませるところが、何とユーモアのある都市だろうと納得。

チーズ工房見学①


チーズ工房見学②

風車村へ行く前にチーズ工房を見学。酒のつまみに、ハム大のチーズを一本購入、船の仲間達と味わっています。


チーズ工房中庭のロバ ①

チーズ工房中庭のロバ

工房の中庭にロバが飼われていた。近づくと人懐こくロバのほうから歩んできました。

道路より高くなっている水面

中庭の反対側が湖水面となっていて、道路よりかなり高い水面となっていました。

スペインの写真交換・訂正

レストランにて文化交流

ビルバオのレストランにて隣のテーブル若者達と交流しました。

スペイン・ビルバオとゲルニカ 続編

オマの森にて友人と

オマの森にてアートの樹木の前にて、船の友人と

午後からビルバオのレストランにて昼食、バスク地方の名物料理とワインをタップリ飲みました。

バスク地方の料理

バスク地方の名物料理


レストランにて貝田ご夫妻

石垣島に在住していた友人の紹介にて、この船で初めて会った貝田ご夫妻


レストランにて貝田ご夫妻

レストランにて隣のテーブルから、仕切りに目線を送ってきた地元の青年達に、スペイン語で挨拶したら打ち解けて、即席の交流となりました。

隣の席に座った若者と噴水前にて

レストラン隣の席に座った若者とペア写真となりました。ビールもワインも飲めないとの事で、その分私が頂きました。

ビルバオの教会

ゲルニカの教会

空爆から生き残った樹木の保存

ドイツ軍の空爆から生き残った樹木が、象徴的に保存されていました。

壁画の拡大①

ピカソ・ゲルニカの壁画拡大①

壁画の拡大②

壁画の拡大②

スペイン・ビルバオそしてゲルニカへ

旅行日程は、先日のニューヨーク寄港にて丸2ヶ月を経過しました。
紀行は未だスペインで1ヶ月ほど遅れています。船内活動・寄港地体験・写真の整理とめまぐるしく動いていますので、ゴメン下さい。

山から街並を展望


オマの森という小高い山へハイキングをした。到着したところは、別名アートの森でした。途中の山道から下の街並を撮りました。


鮮やかに色づく植物

色鮮やかな植物もありました。何という名前なのか分かりません。


面白い標識 蛇の串刺し

道標の下に風変わりな標識がありました。蛇の串刺し?

オマの森 アート①



オマの森 アート②


何と一本一本の木々に色とりどりのペイントがカラフルに塗られていました。ところどころに矢印の標識があり、その地点に立って数本の木々をまとめて見ると何かを訴える作品になるとのコトでした。

7月20日スペイン北部のビルバオを訪問

現在船旅は、ニューヨーク訪問を終えて、丸2か月の旅が経過しています。いよいよ中米の各国訪問が続きます。
 
今回はスペイン北部ビルバオの紀行をお知らせします。

ピカソのゲルニカの絵

ドイツ軍の空爆に怒ったピカソが歴史的な壁画ゲルニカを書きます。現在もその地に写真の壁画が保存されていた。

オマの森 アート③


オマの森にて 

地中海のジブラルタル海峡を航海

ドーバー海峡スペイン側

スペイン側を写す

ドーバー海峡アフリカ・モロッコ側

アフリカモロッコ側を写す

両岸が船の上から見れるほど狭い海峡となっていた。
この海峡を抜けて、3日後にはスペインの北部ビルバオに入港する。
ピカソの保存絵画ゲルニカを見るのが楽しみだ。

地中海のドーバー海峡を通過してスペイン北部のビルバオへ

7月17日地中海の出口ドバー海峡を昼ごろ通過した。右手がスペイン領側
左手がアフリカのモロッコ側だ。20日にスペイン北部のビルバオに寄港する。ドイツ軍による無差別空爆に怒ったピカソの絵画「ゲルニカ」が保存されていると聞く。

ギリシャ・ピレウスの港町

8月9-10日と二日間ニューヨークに上陸した。国連前でのピースコンサートが広島・長崎の原爆反対の大きな声をあげた。翌日ハーレムのジャズ体験ツァーに参加 2日間では味わいきれないニューヨークだった。

ピレウスの港町を走るトロリーバス

港町を縦横に走るトロリーバス

地下鉄ピレウス始発駅

地下鉄ピレウスの駅にて 


路上の売店

道路上にあるキヨスクのような売店があちらこちらにあっち。店員さんは、老若男女様々な人が立っていた。

ギリシャ・ピレウスの港町を散策

アテネから戻って、ピレウスの港町を散策した。①トロリーバスが走っていた。東京の下町で中学生の頃乗った覚えがあり懐かしかった。
② ピレウスの地下鉄始発駅に行き当たった。デパートのような大きな建物の1階にあった。鉄道の車両を見ると何故かなつかしい。
③ 街の路上には至る所にキヨスクのような小さな売店があった。ブースの中には、一人きりだが様々な年齢層の人が担当していた。

7月12日古代ギリシャ遺跡を見学

ギリシャ遺跡とアテネ市街地

アクロポリスの丘からアテネの市街地をのぞむ。


アクロポリスの丘パルテノン神殿



パルテノン神殿その②

ギリシャ古代遺跡・パルテノン神殿

アクロポリスの丘 船の友人達と

アクロポリスの丘にて船の友人たち

ピレウス港に入港後バスで移動、首都アテネ市内にあるパルテノン神殿を見学。工事中であったが、古代の歴史を感じることが出来た。

シュノーケルにてこれから潜ります



ミコノス・パラダイスビートの一角


船に似顔絵を描く絵描きさんが2名ほど乗船している。一人は若くもう一人は高齢の方だ。若い人が島の子たちの似顔絵を書いていた。

似顔絵をよろこぶ子ども


短いミコノス島の一日だったが、船は明日ギリシャの首都アテネに近いピレウス港に寄港する。

地中海の洋上にて光と影


ミコノス島を出港したが外国船の航跡


ミコノス島近海のサンセット

ミコノス島にて海水浴

7月11日地中海に浮かぶギリシャ・ミコノス島にて海水浴のいちにちでした。水温が25度とウエットスーツでもないと少し冷たい感じの海でした。浜辺のショップにて3点セットを借りてシュノーケルしました。魚影少なく白い砂地はマァマァといった感じでした。

海水浴を楽しむ船の若者たち




地中海に面する寄港地を訪問-①

8月9-10日といよいよニューヨーク上陸の日が迫ってきた。明日9日の8時に入港予定だが、これまでの寄港地で一番厳しい入国審査があるそうだ。900名全員の審査が終了しないと上陸できないとのこと。国の安全を守る為とのことだが、特別な国という印象だ。午後にならないと審査は終了しない。
ところで今回の紀行報告は、アラブの国々を終わってヨーロッパの各国編となりました。

エーゲ海のサンセット


地中海へ入った初日のサンセットです。ゆっくりと沈む大海原の太陽は心が洗われるようです。

ミコノス島の夜明け


ミコノス島をシルエットにした夜明けは、とても美しい。洋上からの夜明けはピースボートならではの贈り物だ。

ミコノス島の風景


入港前のミコノス島の全景です。空と海と白壁の家々のコントラストが写真の絵になるところです。

ビーチ沿いの住宅


上陸してこれからビーチへ、沿岸の家々を撮りました。

プラティヤスロ・ビーチの全景


最初のビーチは、港からバスで20分くらいのところにありました。プラティヤスロ・ビーチの全景で、海水浴客で混雑していました。

ボート船長の手


船長の手と紐


船長の脚


遊覧船に乗って次のパラダイスビーチへ向かいました。船長の紐と脚に注目して下さい。昔ながらの操船が続いています。

地中海の街アレキサンドリアへ行く

アレキサンドリア・ポンペイの柱遺跡


7月9日早朝より、ポートサイドから西へ250km、バスで3時間30分の距離にある、エジプト第2の都市アレキサンドリアに向かった。ギザの三大ピラミッド・スフィンクス観光コースもありましたが、10数年前にエジプト8日間の旅にて行っているので、別の観光地としました。
上記写真は、アレキサンドリア・ポンペイの柱遺跡です。

遺跡に散水する人


バスの車窓からアレキサンドリアの街中の市場が目に止まりました。

アレキサンドリアの街並①


アレキサンドリアの街並その②


昼食後は半島の対岸にあるカーイトゥベイの要塞へ行きました。天気もよく、要塞は観光用に整備されていましたが、地中海を守る歴史を感じました。要塞の城壁からの眺めも良かったです。

カーイトゥベイの要塞


アレキサンドリア・ポンペイの柱遺跡


遺跡に散水する人


アレキサンドリアの遺跡ポンペイの柱をみる。街中の中心の丘に保存されていた。バスの車窓から見た街中の市場は活気があるようだった。

アレキサンドリアの街並①


アレキサンドリアの街並その②


昼食後半島の対岸にあるカーイトゥベイの要塞へ向かった。観光用に綺麗に保存されていたが、古い歴史を感じさせる建物であった。城壁からの展望も良かった。

カーイトゥベイの要塞


城壁からの海岸線の展望

スエズ運河渡航その②

スエズ運河平和の架け橋


7月8日朝より1日掛かりで運河を渡った。途中にアフリカ大陸とシナイ半島を結ぶ「平和の架け橋」が長くスエズ運河の上をまたいでいた。
この日は1日運河通過ウォッチングを楽しみました。ちなみに運河の長さは167km、幅が160-200m、水深19.5mとのことで、通過の時間待ちや、途中湖での上下船の行き違いとかで、運河の通過時間が12時間かかるので、その他の時間を加えると1日かがりとなってしまうそうだ。
このひ運河の終点ポートサイドには23時ごろとなった。

エジプトのスエズ運河を渡る

スエズ運河通過中


エジプトの民族衣装と日本の若者


いよいよスエズ運河の渡航となりました。両岸が手に取るように見えました。船の進行左側のアフリカ大陸側は、緑も多く住宅もあり開発が進んでいました。反対のシナイ半島側は、砂漠が続き何もなく対照的でした。運河の真ん中に立つ元気なとしさんの写真を掲載しました。翌日船内でアラブ商人から購入した民族衣装にて、日本の若い女性とペア写真となりました。胸がときめく一枚でした。スエズ運河を抜けると地中海へ入ります。アラブの国からヨーロッパとなります。

イエメン体験その②

前回紹介のイエメンでは、交流した学生達の中で素顔の女性たちが殆どでしたが、中には写真のように全面黒い布で覆っている人もいました。
食事をする時もそのままで、布を下からめくって食べるそうです。参加した日本の女性たちの話では、目の色とか、声で相手が誰であるか分かるそうです。素顔の女性たちは、全員が頭に被り物をしていました。同じ宗教でも対応が異なるのは、その家々での仕来たりの違いから来るそうです。
イエメンの子ども達はとても明るく朗らかな感じの少年達でしたが、何かを拾い集めてお小遣いにしているようでした。

アラブの国イエメンにて

イエメンのブルカの女性


イエメンの子ども達


ブルカを被る女性と子ども達

アラビア海の荒れる海と俳句

ブログ登録が遅れていますが、8月3日現在アイルランドを出航して米国ニューヨークへ向けて大西洋を横断の旅をしています。

6月25日夜半にインドを出航して、次の寄港地イエメンのアデン到着7月1日までの5日間は、アラビア海の荒れる海を体験。船内の食堂でテーブルの食器が滑り落ちたり、通路を真っ直ぐ歩けなかったりしました。船酔いをする人が続出していました。
こんな揺れに負けてなるものかと、英語の俳句を一句作りました。

White sharks and whales struggle

Tt looks like small lesves wave Toparz

On the Alabian rough sea

大波をサメとクジラの大群になぞって、彼らが海で大暴れしている
大波の中のトパーズ号は、まるで木の葉のように揺れている
荒れるアラビア海にて

こんな意味のことを、単語と5・7・5の組み合わせを考えました。
英語スクールの日記にも書いて、担当の米国人教師からチェックしてもらいました。

アラブ学生交流その②

アラブの学生たちとの交流が続きます。日本文化の着物の試着など珍しい事が沢山あったようです。

和服を試着した学生達


私が持参した沖縄ミンサーの上着や小笠原で購入した、植物の帽子がお気に入りのようでした。

ミンサー上着を試着する学生


日除けの帽子をかぶる


イエメンは砂漠の国にて、学校裏手に延びる山々の全ては砂岩で出来ていて緑の木々は一本も生えていませんでした。気候は夏でも空気の乾燥・さわやかな風にて市内散策も楽しく過ごせました。

アデン大学の砂岩の山

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